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8 月

ローマ11:16 もし、麦粉の初穂がきよければ、そのかたまりもきよい。もし根がきよければ、その枝もきよい。

元になるものが清ければ それから成るものも清い という教えです。

ここで 根はキリストであり 枝は私たちクリスチャンを表します

初穂は汚れのないない 清いもの といういみです かたまり はパンをさし われわれを 満たす 糧 という意味です。

または麦の初穂はキリストを信じたイスラエルの残されたものといういみです。

すなわち根 エッサイの根キリストを指し キリストに接木され 繋がっていれば 清いものとされる ということです。

きよいとされるのは 枝が自分で何かをしようと することより根からくる 養分を 元にして 生きていく ということ が大事ではないかと 思うのです すべて キリストに よるもの 他から出たものではないか よく 吟味してくいださい。

枝にしっかり繋がっているには

私たちは日常の生活で キリストによる良い物を 祈りにより確信する必要があります。どうすれば 良いのかだけではなく

知っていることも そうでないことも 祈りにより相談してください

又ともにおられる 聖霊と 相談することも必要と おもいます。聖霊は 思いを通して 教え示して くださいます。

しかしながら 私の経験からすると 自分の思いが強すぎると聖霊の導きとの区別が出来なくなり 間違えてしまうことがありました。よくいのり 聖書を読み 心を整えておかないと区別をするのは難しいです

最初は よく失敗しましたが 失敗を経験とし重ね 神の導きや語りかけを 感じ取る訓練が必要かと思います。

自分の思いを 語りかけ と勘違いしてしまう と 脱輪し とんでもない 失敗をやらかしてしまいますので注意が必要です。

それ故 私たちは根から いただくものにより 成長し 整えられますので 私たち自身の成果ではありませんので 他の枝に対して

おごることなく いなければ なりません。根により 生かされていることを 知りましょう。

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