16
8 月

人がしてはならないこと

サムエル記24:10 しかしダビデは民を数えた後、心に責められた。そこでダビデは主に言った、「わたしはこれをおこなって大きな罪を犯しました。しかし主よ、今どうぞしもべの罪を取り去ってください。わたしはひじょうに愚かなことをいたしました」。

ここで重要なのは数を数えると言うことです  イスラエルは空の星の様に増えると神が 言われていたので そのように 信仰を持っていたのが 数を数えることによって 信仰を失い 不義 とされたのです。 数を数えると言うことは 物事を詳しく調べ理解し 自分で 成り行きを 決め行うと言うことです。 知らなくて良いことまで くびを突っ込み 信仰を失うこと がよくあります。ペテロが イエス様に来なさいと言われて 水の上を 歩きましたが 下を見て 怖くなったのでしょう 何故自分は 水の上に たっているのか 説明がつかない 事の 怖さを 知ったのでしょう この様に 知らなくて良いこと 神様のされることに 理屈など必要無いのです。私たちも生活の中でも 老後まで 後何年だ いくら 必要だ このままでは たりないぞ などと 計算をしたりします  あらかた のことは 知ってみてもいいでしょうしかし 主が養って くださる と言う信仰を この様な 計算に よって 失うなら 水に落ちたペテロと同じになります。

又教会に 何人集まりました などと よく言いますが もちろん多くのかたに理解してもらった方が よいでしょうが

その数に満足してはいけないと言うことです300人あつまればその教会が 神に認められた と言うわけではなく 300人ぐらいだったら人気歌手であれば 簡単に 人集めはできてしまいます。

捧げ物も金額が増えると 難しく感じるようになります。10万円の1割は1万円  30万円の1わりは 3万円 では1000万円の1割は100 万円です このように 数を数えると 捧げにくくなります。

女性であればもうoo歳だから 結婚は 出来ないは などと 人に言われたり 自分で 思ったりもします。

この様に数を数えることにより 信仰を とおすことは難しくなります。

私たちは 揺るぎない信仰をもつべきです。物事を 策略するのではなく 聖霊の導きにより 信頼し今や 先のことを きめるべきです。ですから 自ら 数を数え信仰を 失わないように するべきでは ないでしょうか。

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